千里ニュータウンにお住まいのみなさまから、就学・就職・転勤などで他の地域に転居された千里ニュータウンのOB・OGのみなさまから千里ニュータウンの思い出をお聞きしています。

千里ニュータウンの彫刻「あほんだら獅子」「PONTA」作者によるマンハッタンの作品

千里文化センター・コラボの「千里まちあるきガイドボランティア養成講座」の方から、次のような質問がありました。

「千里中央公園にある「あほんだら獅子」の作者・流政之氏の作品で、マンハッタン世界貿易センタービル広場にあった彫刻「雲の砦」が、北海道に移設されているという話を聞いたが本当ですか?」

「千里まちあるきガイドボランティア養成講座」では、ディスカバー千里(千里ニュータウン研究・情報センター)のメンバーが講師として、千里の歴史や魅力を紹介しています。

調べたところ、「雲の砦」はすでに壊されたが、新たに制作された1/2サイズの「雲の砦Jr.」(雲の砦2004)が北海道立近代美術館に設置されたことがわかりました。

あほだら獅子

「あほだら獅子」は、1970年、千里ニュータウンの完成記念モニュメントの1つとして、大阪府と(財)大阪府千里センター(当時は千里開発センター)によって設置されたものの1つです。

*写真はディスカバー千里のメンバーが撮影

大阪府タウン管理財団のウェブサイトには完成記念モニュメント設置の意図として、当時の佐藤義詮大阪府知事の次の言葉が紹介されています。

「人々にはそれぞれ生まれ育った故郷で、丘の上の大樹や海辺の岩組みなど、いつまでも愛着を感じ、記憶にとどめられているような象徴的なものがある。しかし、千里ニュータウンにはそれが欠けているような気がして、ぜひここにも欲しいと強く念願していた。これらの作品は、まちに潤いをもたらし、人々から愛され、深く心の中に刻み込まれて生き続けることを信じている」
*大阪府タウン管理財団「昭和45年(1970) 完成記念モニュメントの設置」のページより

設置された5つの完成記念モニュメントは次の通り。

あほんだら獅子

  • 設置場所:千里中央公園
  • 作:流正之
  • 寄贈:大和銀行

頭の長さが4m75cm、重さが130トンという大きな石の獅子頭(ししがしら)。それは二つにずれ、見方によっては夫婦、見方によってはひとり者にうつる仕組みだという。
「すべてが難しくなり、殺気に血迷う当世の人々に笑いと明るさを与えたい」というのが、作者の製作意図だった。
設置場所は豊中市立千里体育館南側の小高い丘の上。モノレールの車窓からもチラリと見える。
千里は大阪の鬼門に当たるところ。その厄よけ鬼門払いのため、というのも獅子頭を据えた理由である。
材料は北山石と庵治(あじ)石、徳山石。かつて大阪城築城のおり石垣は瀬戸内海から運んだが、その故事にならい、この獅子頭の大きな石材は瀬戸内海から千里中央公園に運び込んで組み上げたという。
<大きさ>4.75m×3.4m×3.25m

ステンレスの林

  • 設置場所:千里中央広場
  • 作:飯田善国
  • 寄贈:大阪瓦斯

赤い時計塔のある千里中央センタービルの前。西に市立文化センター、北に縄広場、東にせんちゅうパル。いわば千里中央のおへそのようなところである。
「ステンレスの林」は、3本の鋼鉄のフレームに鏡面みがきのステンレス板が取り付けられ、これが風によって回転する仕組み。
静止しているときには静止した対象を映し出し、回転するときはその速度によって対面する風景を映し出している、と作者は表現している。
さらに作者は、その回転運動を眺めることによって、眺める者の内部に、「運動の感覚に伴う時間の意識が生じる」「光によって選びとられた印象を起こす」「時間の多元性重層性の意識を喚(よ)び起こす」などと、哲学的な思考で説明している。
<大きさ>高12.3m、幅約12m

風の道

  • 設置場所:千里北公園
  • 作:新宮晋
  • 設置:(財)大阪府千里センター

千里北公園芝生の丘の上の、こんもりとした林の中に建つ。住民も、学生や生徒も、スポーツやピクニックを楽しむ人も、いつもこの塔を見上げて行く。
スチールパイプ製で最上部の羽根は強化プラスチック。北千里地区で最も高い塔。30年前、この山に建ってからしばらくは、遠方からでもその全身が見えた。今ではあたりの樹木が高く大きく育ち、下からだと上の方しかみえなかった。それでも丘の上の小道を行くと、いまもその全身に接することができる。そこには懐かしささえ漂わせている。
「時間の経過や季節の変化を通じて、私たちと同じように、生き生きとした存在でなければならない。そして私たちの生活にリズムを与えてくれる自然の使者のようなものができれば理想と思った」製作にあたったときの作者の心は、見事に現代に生かされている。
<大きさ>高さ約20m 下部幅7×8m

日と風と雨と

  • 設置場所:千里南公園
  • 作:辻普堂
  • 寄贈:関西電力

千里南公園入り口に近い小高い丘(池の南東)に建つ。真ちゅう板で作られたものでたくさんの円孔があり、太陽光で輝く金色は、つねに輝く場を変える。
このあたりは石文の丘としても知られ、著名な俳句や短歌、漢詩などがきざまれた碑が建つところ。桃と梅の名所でもある。
この建立には、作者が尊敬する江戸時代の名僧・木食上人の心がこめられている。上人は56歳で日本回国という大願をたて、1千体を越える仏像神像を彫刻したが、いずれも「天下和順日月清明」を祈ってのものだった。
作者も同じ祈りで製作したという。世界が平和であるように、また人間が文明の害毒におかされることなく、健康で明るい生活を維持できるように、という願いを込めている。
<大きさ>高さ約5m 幅約2m

“集”(つどい)

  • 設置場所:北千里駅前広場
  • 作:植木茂
  • 寄贈:松下電器産業

最初は駅前ターミナル広場に単独で建てられていたが、平成7年、スペイン風パテオ(中庭)をコンセプトとして整備された新しい空間、人工池と川に見事ドッキングした。駅側のエッグモニュメントと対比的な配置でもあり、北千里の象徴的景観となっている。
材質はステンレス。パイプに約230個の枝が、丸い固まりとなって重なり合っている。周囲は石組みによる造形。
この作品は「集まって初めて一つの性格をもつもの、つまり集団の性情とか、昼と夜とかを表現する」という。
作者は、「千里ニュータウンは、個々には、生活を快適にかつ活動のエネルギーを生み出す場として種々の約束があるが、集団となれば別である。その内蔵したエネルギーは、新しい、集団という別の美を生み出している」(要約)としている。
<大きさ>高さ約7m 枝回りの直径最大4m>

*大阪府タウン管理財団「昭和45年(1970) 完成記念モニュメントの設置」のページより


5つの完成記念モニュメントのうち、千里中央広場の「ステンレスの林」は、千里中央再開発の際に撤去されたままになっています。

PONTA(ポンタ)

実は千里ニュータウンには、「あほんだら獅子」以外にももう1つ、流政之氏の作品があります。南千里北側の済生会千里病院の玄関前に設置されている「PONTA」(ポンタ)という狸(タヌキ)をモチーフにした彫刻です。「千」と「里」を合わせると「狸」の字に似ていることに由来するようです。

「病院西玄関の植木の間に狸の彫刻像があります。1979年に前身の保険医療会館が建設された際、作成されたモニュメントで、作者はニューヨーク近代美術館特別会員の流政之氏です。彫刻は、石を割った荒い面と、磨いたつややかな面の同時技法で作られています。狸は千里を文字ったもので、“ぽんた”と呼ばれ、患者さんたちが自分の患っているお腹や手足等をさわって全快を祈っています。
*『済生会千里病院広報誌 はなみずき』第7号, 2010年7月

*写真はディスカバー千里のメンバーが撮影

雲の砦

「あほんだら獅子」、「PONTA」の作者・流政之氏が、ニューヨーク・マンハッタンの世界貿易センター(WTC)ビル前の広場のために作ったのが「雲の砦」(1975年完成)です。

アメリカでは石の彫刻は少ない。それは都市のスケールに合わせた大きなものができないことや、素材感がありすぎ表現の邪魔と考えるせいだ。彫ったり削ったりするよりも、建築のように組立てる表現をとる人が、アメリカでは一般的なことも理由である。そして扱いずらい素材なこと。工業製品ではないので機械化に限界があり、硬い、割れる、重い、何よりも肉体の負担が大きいからだ。
黒御影石を組合わせて作った流政之の作品は、ワールドトレードセンターのツインの柱のようなビルの高さとは比べようもないが、夫婦岩のような気高さを漂わせている。
*樋口正一郎『PUBLIC ART―アメリカ50都市の環境彫刻』誠文堂新光社 1990年

「雲の砦」は911のテロでも壊れませんでしたが、救助に使う重機を運び込むため壊されることになりました。

雲の砦Jr.(雲の砦2004)

2004年、札幌市の北海道立近代美術館で流政之氏の個展が開かれました。個展に合わせて、新たに作られた1/2サイズの「雲の砦Jr.」(雲の砦2004)が設置され、現在も中庭で見ることができます。


*参考

  • 大阪府タウン管理財団「昭和45年(1970) 完成記念モニュメントの設置」のページ
  • 『済生会千里病院広報誌 はなみずき』第7号, 2010年7月
  • 「〈自作再見〉流政之「雲の砦」 永遠に変わらぬ平和を表現」・『朝日新聞』2012年6月23日
  • 樋口正一郎『PUBLIC ART―アメリカ50都市の環境彫刻』誠文堂新光社 1990年