千里ニュータウンにお住まいのみなさまから、就学・就職・転勤などで他の地域に転居された千里ニュータウンのOB・OGのみなさまから千里ニュータウンの思い出をお聞きしています。

津雲台の思い出(60代男性より)

ディスカバー千里(千里ニュータウン研究・情報センター)は、千里ニュータウンにお住まいのみなさまから、就学・就職・転勤などで他の地域に転居された千里ニュータウンのOB・OGのみなさまから千里ニュータウンの思い出をお聞きする活動を行なっています。これまでにお寄せいただいた思い出をご紹介いたします。
こちらのページでも、これまでお寄せいただいた思い出をご紹介しています。ぜひご覧ください。


  • 【お住まいの住区/お住まいだった住区】佐竹台、津雲台
  • 【時期】1966年頃
  • 【思い出】子供の頃、戸建てでない集合住宅 うちは大阪府住宅供給公社でしたが、旗日 祝日には国旗を揚げるコンクリート製の1mぐらいの高さの土台にポールがあり、掲揚していました。
    そのポールによじ登る遊びが流行りましたが。
    危ないとおこられましたね。
    あと、家の横に関西留学生会館が出来て、いろんな国の方との交流がありました。父が貿易商だったので
    英会話が得意なので
    我が家にまねいたことも
    彼らの部屋に遊びにいくこともありました。
    後に高校生になると
    そこの食堂でバイト
    見慣れないメニューをまかないで食べたのも思い出です。
    津雲台が出来た1964年に入居、増築を経て建て替えまで住宅供給公社。学校をかわりたくないと言う子供たちのこともあり徒歩10分の移り、津雲台に55年
    街の移り変わりをずっとみていました。
    なんでも聞いてください。
    昨夜の夕飯のメニューより
    むかしのことを覚えています。
  • 【性別】男性
  • 【現在の年代】60〜69歳