千里ニュータウンにお住まいのみなさまから、就学・就職・転勤などで他の地域に転居された千里ニュータウンのOB・OGのみなさまから千里ニュータウンの思い出をお聞きしています。

住民たちの挑戦:変化と成熟

2006年9月1日から22日まで、千里中央の千里公民館で開催された「千里ニュータウン展@せんちゅう」の展示パネルをウェブサイト上で紹介するものです。

住民たちの挑戦:変化と成熟

モダンな入れ物だけを先に作ってしまった千里ニュータウンを、ほんとうの「まち」に変えたのは住民たちだ。自治会をつくり、イベントを企画し、内風呂や文化施設など当初の計画に足りなかったものを実現していった。それぞれの「まち」は成熟し、今また建替えやリノベーションによって姿を変えようとしている。「千里の実験」はどこまでも続いている。

働きかけと変化

津雲台における住空間の変化
街開き後、人々による様々な働きかけにより住空間が変化してきています。現在までの約40年をおよそ10年おきの4期にわけると、第I期(1960年〜1974年)・第II期(1975年〜1984年)では、自治会組織や共用部管理・植栽管理・駐車場管理などの住環境の維持管理に関する基本的なしくみの形成が見られます。行事については、I期(1960年〜1974年)で餅つき・盆踊り・とんど祭りなどの伝統的行事の立ち上げ、II期(1975年〜1984年)で住区にまたがる新しい行事の立ち上げや、住区内行事の他住区協同行事への格上げがあります。III期(1985年〜1994年)に入り、住宅増築・駐車場増築など空間変化を伴う働きかけが現れています。また、III期(1985年〜1994年)からIV期(1995年〜2004年)にかけて、給与住宅地でのマンションへの建替えが相次ぎ、これに対する反対や、通過交通抑制などの環境保全運動も展開されています。またIV期(1995年〜2004年)では、高齢者に配慮した行事の立ち上げや内容の工夫、さらに、住区・市域や世代を超えた、街づくり等に関するテーマ型の活動が起こっていることが特徴となっています。

成熟と個性化

4住区にみる住環境の個性化
津雲台、古江台、新千里東町、新千里西町について、開発後から現在までに生じた働きかけと住空間の変化を比較しました。津雲台・古江台は、I期(1960年〜1974年)に維持管理のしくみや行事などが成立していますが、新千里東町と新千里南町は、II期(1975年〜1984年)・IV期(1995年〜2004年)での形成が多く、特に新千里東町はIV期(1995年〜2004年)に集中しています。
吹田市の行政域である津雲台・古江台は、早期から連合自治協議会を中心とした活動により組織的な住環境運営がされています。 特に、古江台方式と言われるマンションの高さ限度に関するルールが連合自治協議会を窓口として機能している点も注目されます。 一方、豊中市域にある新千里東町・新千里西町では、長年にわたり蓄積された自治活動や信頼関係の蓄積を生かした個々の居住者の自発的な活動により、最近になって「街角広場」や「千里市民ネット」など、重要な地域活動の拠点が生まれています。
魅力的なニュータウンの条件
個性的で魅力ある都市は、過去から積層された歴史的・計画的資産や人々のまちづくりの成果が空間や社会のしくみに現れるものです。住区ごとに開発後約40年にわたり形成されてきた個性を読みとり、次の時代に継承していくことが必要であると考えられます。